ゴールデンウィーク、日帰りツアー第2弾
5月5日 京都 枯山水ツアー 以前から気になっていた日本庭園の中でも、今回は枯山水に焦点をあてて巡ってきました
枯山水とは・・・水のない庭のことで、池や遣水などの水を用いずに石や砂などにより山水の風景を表現する庭園様式。例えば白砂や小石を敷いて水面に見立てることが多く、橋が架かっていればその下は水である。石の表面の紋様で水の流れを表現することもある。
(wikipediaより)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9E%AF%E5%B1%B1%E6%B0%B4
岩倉実相院 http://www.jissoin.com/guide/index.html 実相院には2つの庭がありますが、1つは池泉回遊式庭園(ちせんかいゆうしきていえん)と言って、奥の書院と客殿との間にある庭です。読んで字のごとく、庭には池があり、回遊出来るようになっていますが、一般の観光では眺めるだけでした。
もう1つの庭は、枯山水の雄大な石庭です。 この庭も後ろの山々の景色と大変うまく調和のとれた石庭で、新緑のこの時期は緑が生き生きとしていて最高でした。
そして、もう1つ見所があり、部屋の板の間に写る「床みどり」と愛称のついた黒光りする床です。ここの床に外の新緑が写され、素晴らしく綺麗でした。
お抹茶をいただきながら、ゆったりと過ごす時間は至福のひとときです。
詩仙堂 http://homepage2.nifty.com/cub/niwa/sisendo.htm 元徳川幕府旗本の石川丈山が寛永18年(1641)に造営し90歳で没するまでここに住う、館の中央の間「詩仙の間」より詩仙堂と呼ばれる。山の斜面/谷間を使った庭園で季節それぞれに小花が多く秋の紅葉も見事です。庭の僧都(ししおどし)は丈山が考案したと伝わる。石川丈山は小堀遠州と並び江戸初期の庭作りの名人として有名です。
私は、今回巡った庭園の中で、ここの庭が一番好きでした〜〜
庭園の砂はとっても綺麗な砂紋で、間隔がちょっと細かいのかな??
隅から隅まで、きれいに砂紋が拡がっていました。
そして、後の山々のカエデがせめぎ合って緑が燃えているようでした。
力強い生命感を感じ、この緑を「燃える」と表現したくなるのもわかる気がしました。
あと、拝観料を払ってここから中に入れますよって所の脇にも、たたみ一畳もないくらいの小さなスペースに木が植えられ、その周りも綺麗な砂紋が拡がっていました。
客人を招きいれる為に、こんな小さなスペースにまで心配りされてるなんて。
感動しました
日本人の「心配り」の素晴らしさ!!!おみごとです!!!
龍安寺 http://www.ryoanji.jp/ 「龍安寺の石庭」として知られる枯山水の方丈石庭で有名な龍安寺は、室町幕府の管領、守護大名で、応仁の乱の東軍総帥でもあった細川勝元が宝徳2年(1450年)に創建した禅寺である。「古都京都の文化財」の一部として世界遺産に登録されている。
今回、龍安寺は残念ながら工事中の為、至る所に足場やシートが張ってあり、本来の雰囲気を楽しむ事が出来ませんでした。
そして、世界遺産に登録されているという事もあり、観光客の人数がはんぱなく多かったです。
岩倉実相院、詩仙堂はゆっくり出来たんですが、ここは早々に一回りして終了しました。
圓徳院 http://www.kodaiji.com/entoku-in/idx.shtml 豊臣秀吉の没後、その妻北政所ねねは「高台院」の号を勅賜されたのを機縁に高台寺建立を発願し、慶長10(1605)年、秀吉との思い出深い伏見城の化粧御殿とその前庭を山内に移築して移り住みました。
それ以来、大名、禅僧、茶人、歌人、画家、陶芸家等多くの文化人が、北政所を慕って訪れたと伝えられています。ねね58歳の時のことです。
これが今日の圓徳院の起こりです。ねねは77歳で没するまで19年間この地で余生を送り、ここは北政所の終焉の地となりました。
ここの北庭は、池泉回遊式ですが枯山水となっています。
このように多数の巨岩大岩がふんだんに置かれている庭は珍しく、これが桃山時代の豪華さ、豪胆さです。
ほんとに、これでもか〜〜〜〜という程の岩だらけです。
しかし、造庭した人の迫力が伝わってくる感じです。
ここの南庭は、おごそかな裏の山々が溶け込んでいる落ち着いた枯山水になっています。
私は、こちらを眺めている方が落ち着くな〜〜。
というわけで、今回、枯山水の庭園を巡ってきました。
日本人の「美」の心が、ちょっと垣間見れたかな。
みなさんも、のんびりしてみたいと思ったら、庭園に行ってみてください。
落ち着くよ
あっ。人の少ないスポットを見つけたら、ご一報ください。